Canucks Fan: News

3月16日(木)
モギルニーのトレード 続報

昨日の朝、メールを開いたら、みなさんからの「ショックです!!」というお便りがい〜〜〜っぱい届いていた。ああ、日本のファンの皆さんと私の気持ちは同じ。なんだか数千万の味方を得たような気分だった。
すぐ続報をお伝えしたかったのだが、昨日は、ちょっと動いただけでも痛むというヒドイ頭痛で、ほとんど寝たきり状態。どうやら風邪だったらしいが、表向きはモギルニー・トレードのショックで寝込んだことになっている。

さて、続報をいくつかお伝えしよう。

トレードの発表があったその日(14日)、モギルニーは早くもニュージャージーに向けて出発した。トレードのデッドラインは、東部時間(ET)で午後3時、西部時間(PT)では正午。それから準備して、夕方の便で、翌日(15日)に試合があるニュージャージーに向かったのだ。ホッケーバッグにスティック2本とヴィトンのガーメント・バッグという、最小限の荷物だった。

テレビのニュースでは、空港でモギルニーにインタビューしていた。
モギルニーの第一声は「ショックだったよ。ショックだけど、同時にエキサイティングでもある」
表情はちょっと寂しそうでもあり、まだ当惑しているようでもある。
彼の心の中では、ある種の予感もあったようだ。
「僕は契約更新には関心がなかった。なぜなら、契約期間はまだ1年あったから、今話す必要はなかったからだ。」
彼自身はトレードを要求したことは一度もなかったが、月曜日に契約をし直すことを渋ったことが、火曜日のトレードを確実なものにしたらしい。

バンクーバーでの思い出を聞かれると、「僕がここに来てから多くのことはしていないので、思い出すことは何もない」と、ちょっと寂しいコメント。
ただ、こうも語っている。
「(チームの成績がよくなかったので)ここでの数年間は大変だった。でもバンクーバーは好きだし、できるだけここにいたかったが、同時に、これは自分のキャリアにとってはいいことだと思っている」

97-98シーズン以降、ケガでの欠場が多かったため、気まぐれとかやる気がないなどと言われていたモギルニーだが、ここ数年で激変したカナックスの中にあって、彼なりの苦悩もあったようだ。
「僕は、このチームの将来のプランの一部に自分はいないのではないかと、自分に問いかけてきた。チームは若返ろうとしている。自分がそれにフィットするのかどうか、分からなかった」
「チームの変化や再生、移り変わりなどは、すべて僕をたいへん落胆させるものだった」

モギルニーがカナックスに来てから、プレーオフに出られたのは1度だけだった(95-96シーズン)。今季は、ケガから復帰後、プレーオフ進出を手中にするかのような快進撃を見せていた矢先だったが・・・
「最近はいいプレーができていたし、チームがプレーオフに出られるために、出来る限りのことをしてきた。・・・僕たちがもっといい成績を残せていたら、と思うよ」

翌15日、モギルニーは早くもデビルスのジャージを着て、リンクに立っていた。この日は3ショットのみにとどまったが、周囲の評判は「デビルスは、プレーオフに向けて強力な攻撃力を得た」。対して、カナックスは「プレーオフに白旗をあげた」と言われている。バークは否定しているけど。

この日、モリソンとペダーソンが、バンクーバー空港に到着した。二人は、荷造りするのに時間的ゆとりがあったせいか、荷物が多い。もう一切合財持ってきた、という感じだ。モリソンはオーランドとピーター・フォスバーグを足して、2で割ったような顔をしている。彼は年相応だが、ペダーソンは年の割には老けた顔だ。ま、顔よりも技術が問題なので、後にファンから「あのトレードは結果的には成功だった」と言われるように、頑張ってほしいと思う。

さて、このトレードに関して、バンクーバーの2紙は対照的な記事作りを見せた。予想通り、GMのブライアン・バークに通じていると思われるライターが書いている「The Vancouver Sun」紙はこのトレードを肯定、対して「The Province」紙はトレードに批判的である。これについては、また後日、詳細を伝えよう。なにしろ、まだ病み上がりなもんで・・・

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